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ようこそ、

2011年2月に、こちらのブログにお引っ越ししてきました。
旧ブログはこちらから。

2011/12/03

いま知っていればそれでOK !




エレベーターの前で家が何階にあったのか、
ふと分からなくなって、

一瞬「習慣」で「記憶」をたどろうとする自分がいて、

ぱっとそれを放したら、

「あ、記憶って、いま必要なことが分かれば
本当に必要ないんだな。
こういうことも覚えていなくてもいいんだ。」
って体感して、



それで7階って分かったのも記憶から引き出したんじゃなくて、
いまここで必要な情報が手元にあるだけ。



もう本当にこれからの生き方は、
いままでの延長線上ではなくて全く新しい。

2011/12/01

あたらしい「新しい惑星の学校」

あたらしい「新しい惑星の学校」

うわ〜〜〜〜〜〜!!!もう、楽しすぎ!
ものすごすぎて言葉で表現できない!!!

とにかく、
どんどん組み替えて、つなぎ直していってる。

小分けにしてた仕切りもどんどん取っ払って、

こんなに軽やかにとどまることなく

次々崩壊していく時をむかえることを選んだ。

そしてこれから、とどまることなく加速して

どんどん想像を超えていくのが分かる。



いままで気づきの時間が好きで、

統合する前にそこで時間を持っていたのは、
そこで「こういうことも今の私は見えてきた!」
って力を感じたかった、
味わいたかったてっていうのが、
もう、かんたんに色あせて、

「あ、もうこれパッパッパッでいいから、この時間いらないや!」

「え、そんなに簡単でいいんだ!」っていうそれも手放して、

「ワオー!!」も手放して、

そのスピード感を入れていってる。

こんなに軽やかにパーンパーンって、周波数を選んでパラレルワールドを移行することにどんどん慣れていって、もっと大きなシフトも自分に許すようになる。

いよいよ、わたし100オープンだ!!!!


今日もこれから乗船です!

2011/11/26

from Paris to Tokyo

うまく言葉にできないけど、

いま、いままでの眠りのからくりが立体的に見えて、

すっごいワクワク!

今夜のフライトで東京へ発ちまーす!

2011/11/11

すべるように

3人で軽やかに外に出て、行きたいところに行って、

やりたいことをして、全部がピタッと、

ぶつかりあうようなこともなく、まるですーっとすべるような一日。

「あ、こうしよう」、「ここ行こう」みごとに一致して調和してる。

あわせようとする、妥協や努力、配慮(?)なんて、出る幕なし!(笑)

急ぐこともなく、絶妙のタイミングで、すべてがピタっとくる。


なんて軽いんだろう。

すごくやわらかくて、調和していて。

ふっと出る習慣は、使わないで手を放していけばいいだけだもんね。

2011/11/10

ピタっとパーフェクト


今朝の雲、すごかった。
空一面こんな。

同じことを、こっちから見るかそっちから見るかで、話がかみ合ないって、
違いを見ること、長いことわたしたちはしてきたんだなーって、感じる。

言葉尻にとらわれると、エッセンスが見えなくなる。

形や名前にとらわれると、いくらでも違いに見ていける。

この地球でいまわたしたちが迎えている、変化の波、
それが地球中でウワーッと起きているのをすごく感じる。

一見それぞれのひとがそれぞれ別の場所でちがうことやっているみたいだけど、
でもそれ全体で、シンフォニーで、

毎瞬ピタッと、

パーフェクト。





2011/11/05

選んだままの体験をする


ますます時間の感じ方が全然変わってきてる。

「過去」とか「未来」、「時間」の体験のしかたって、いままで同意して、こういう見方をするって決めて枠をみていただけで、それがほどけてきているのを感じる。

今の自分が、いままでの自分とつながってなくて、OKってすると、

すごく軽やかで、あっけなく今、ありたいように自分を選べばいいだけ。

そのあっけなさが味気なく感じていたのかもしれない。

ストーリーって大好きだったから。



そして「いま」の選択が体にもすぐ反映して、

細胞が、うわっと入れ替わる。


動かないように見えるものも、ぜんぶ波打って、振動している。

そのパターンによって、いろんなものに見えているだけ。


エジプトのピラミッドのうちのひとつは、上から建てられたらしいっていう話を聞いた。

それを聞いたときに、「どうやって?」っていう疑問はまったくなくて、

ただ、わたしたちも思い出していくんだなって。

そういう存在のしかたを忘れるほど、

わたしたちすごく狭い枠を自分でつくってそこにいたんだなって。

たしかにそれは、そのなかでゲームがしたかったから。

すーーごく腑に落ちる。

2011/11/04

二極のゲームを終えていくとき


遠くのほう、山の向こうに光っているのは海。

ここ数年、映画とか見に行くこと、ほとんどなかったけど、
ポスターを一目見た時から惹かれていた映画をひとりで見に行った。

なんかね、自分の中にまだまだ持っていたものどっさりスクリーンに映し出してきた。
まさにそんな時間でした。

女性っていうすがたでわたしは今回生まれてきてる。
その「パス」を選んでこっち側でもあっち側でも(笑)ずーっと続けてきた、二極性、分離っていう体験のしかた、ゲームをいま終わりにして、ひとつに戻っていくいくそれが本当にしたくて

この時期を選んで生まれた。

生理が、痛みをともなったり、更年期って呼ばれるているような体感も、わたしたが周波数をあげていって、にぎっていたものから手を放していくと、痛みや不快をともなわなくていいんだっていうことが分かって、そういう表現のしかたを選ばなくなってくるって、はっきり感じてる。

そこにくっつけていたものがどんどんはがれ落ちて、
みちがえるほど軽やかになっていくね。

自分でもそこまでって気がついていなかったけど、
とにかく映画のはじめから終わりまで涙がずーっと流れつづけて。

それから日常でうわーっと、いろんなものが出てきていて、
どんどん映し出して自分で見せて、

表面では、すごく波が立っているようなんだけど、

芯のところではすごくリラックスしている。

自分への信頼がどんどん深くなってきてる。

すごく嬉しい。

すごく深いところずーっとつかんでた、ふるい、
思いがどんどん力をなくしてはがれていく。

わたしたちのありかたが、そしてこの地球が本当にこれから信じられないような短い時間でがらっと変わっていくのを感じる。






2011/10/09

おと、リズム、いろ、かたち



いまのみよう語は、

「開ける」と「閉める」がひとつの言葉。

「つける」と「消す」もひとつの言葉。

すごいな〜。



こんなイメージが浮かんできた。

タン、タタン、おとのリズムが、パターンを作って、

それがいろ、かたちとして写しだされる。


見え方から、またどんどん判断がはずれていってる。

外れていって初めて、「わたしそんなに判断、はさんでたのかー」って分かるようなものなんだけど。

どんどん軽くなって、どんどん頭使わないことをオーケーにしちゃう。

楽しくてしょうがない。

本当に自由で「タン、タタン」も「タタン、ターン」も、
それが広がって、響き合って、模様ができて、
「わー、きれいー!!」
「なるほど〜」て、

それを楽しんで。

「じゃあ、じゃあ今度はこんなのは?」

「プワワワワー」



「おーーー!!」


みたいな。

そうやってぜんぶ作ってる。

毎瞬まっさらなところに

そうやって写してるんだね。

なんてクリエーティブ! !